送り盆、そして・・・ ◇過去日記ダイジェスト◇ 2005年08月15日 今年も8月15日がやってきました。送り盆であり、終戦記念日である今日。テレビはどこも終戦特番を組み、ニュースは靖国神社参拝を執拗に取り上げ、・・・・・・そして言うでしょう。そこまでの沈痛なしゃべり口調から打って変わった明るい口調で、帰省のUターンラッシュについてを・・・「さて」という言葉は便利なものですね。帰省とかUターンラッシュとかって、本来は先祖祀りのために実家に帰って、盆が終われば、また日常に戻るというもののはずなのですがねぇ。盆休みに旅行・・・っていうのは、私はなんだか受け付けません。盆休みも働くのも、どうかと思います。家でゆっくりしましょうよ!ねぇ。私が、そういう考え方をするようになったのは、大学のときに先生が話した一言が、私の心に残っているからです。「(例えば下宿などをしていて、休みに帰ってくるのが分かっているのに)家に帰ってきたとき、実家の人が全員、自分を放って旅行に行っていたらどう思う?」と、そして「それと同じで、盆には先祖が家に帰ってくる。その先祖が帰ってきたとき、家に誰もいないと、それと同じ気持ちになる」と・・・・・・目からウロコが落ちました。昔の人は、そういうことを無意識に分かっていたのかもしれませんね。「信仰心」とでも言えばいいんでしょうか、そういう心持ちがなくなりつつある現代。迷信だと言ってすべてを否定するのは簡単だけれど、少しは「見えない何か」への関心を持つのも、悪くはないと思うのです。人の心をないがしろにする人が増えてしまったのは、こういう感情を持たなくなったからじゃないでしょうかね?自分がここにいるのは先祖がいたからで、生きているのは生きるために大切なことを支えてくれる誰かがいるからで、そして自分がここにいることで他の誰かもここにいる。お盆になると、そんなことを考えてしまいます。でも・・・終戦記念日であることも、忘れてはいけないこと。戦争は必要悪であるとも思いますが、戦争そのものを肯定するつもりもありません。生きること自体が、大なり小なり戦いだと思っています。でも、反省のない強行は、やはり過ちだと思います。今、私たちに必要なのは、「平和」と叫ぶだけではなく、戦争や平和の意味をちゃんと理解して、過去をちゃんと振り返って、すべてを理解した上で先を見ていくことではないでしょうか?それも・・・・・・一国だけでなく、世界すべてがです。それができるのは、きっと、歴史を学ぶ若い世代なのではないでしょうか? PR