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玄関へ入ると、なにやら賑やかな音が台所の方から聞こえてきた。
首を傾げ、風早は靴を脱ぎ家に上がり込み、音のする方へと向かった。
「……じゃない?」
微かに、那岐の声がした。
「えー!……だよ!……い。」
「面倒くさいよ。」
「那岐!」
続いて聞こえてきた千尋の声に、那岐が何やら反論しているようだ。
風早は眉を顰めた。
「千尋、那岐、どうかしたんですか?」
声を掛けてみれば、ガタン!という大きな音。
慌てて台所を覗きこもうとすると……
「……那岐?」
とても面倒くさそうな顔をした那岐が、立ちはだかるように風早の前に現れた。
「……」
口をへの字に曲げたまま、那岐は、風早を遮るように体を動かす。
「え……っと……」
一体どうしたというのだろう。
訝しげに那岐を見つめてみれば、ふいと視線を逸らして彼は台所の方へと声を掛ける。
「千尋、まだ?」
「もういいよ!!」
弾んだ千尋の声がして、那岐が、何事もなかったかのように身を引いた。
「いいってさ。」
肩をすくめて言い残すと、再び那岐は台所へと入って行った。
少しずつ子供から青年へと成長してゆく那岐の、いつの間にか高い位置になってきた背中を見つめ、風早は小さく微笑を浮かべる。
「なにしてんの?」
肩越しに振り返り、早く来いとでも言うように那岐が視線を向けてくる。
何か口にしようとしたけれど、何か言えばきっと反抗するだろう……そう思って、風早は黙ったまま那岐の後を追って台所へと足を踏み入れた。
「風早、誕生日おめでとう!!」
突然、明るい千尋の声と共に、クラッカーの賑やかな音が響いて、色とりどりの紙吹雪が降ってきた。
「え?」
幼い頃とほとんど変わらない……けれど、あのころよりずっと朗らかな笑顔が、風早に向けられていた。
「こっち、早く、こっち座って!」
千尋が、にこにこしながら椅子をひく。
既にテーブルについていた那岐が、大袈裟に溜息を吐いた。
「早く座れば?」
「え、ああ…はい。」
いきなりのことに驚いて動けずにいた風早が椅子に座ったのを見て、千尋が大きなケーキをテーブルに載せた。
「これは……」
「那岐と一緒に作ったの!」
「…………」
にこにこと笑う千尋。
そっぽを向いたままの那岐。
風早は、つい先ほどまでの騒ぎの原因に思い至って、微笑を零した。
「ありがとう。二人とも。」
千尋が頬を染め嬉しそうに笑った。
ちらりと視線を向けた那岐の耳が、少し赤くなっているのが見えた。
この世界に来て。
三人で暮らすようになって。
……この穏やかな生活がいつまで続くかは分からないけれど……
風早は、今この時間を、とても愛おしいと思った。
いつか……失われてしまう時間だけれど……
この時間だけは、永遠に心にとどめておきたい――