遙か3ツアーin鎌倉 写真その1 旅の想い出 2006年04月09日 若宮大路の教会例の教会と思しき場所を発見!ちゃんと撮影してきました。う~ふ~ふ~♪実は、クリスマスの例のイベント見る前だったのですよ。 PR
巻き込んで遙か3ツアー決行! 旅の想い出 2006年04月09日 鎌倉に行ってきました!もちろん、題して「巻き込んで遙か3ツアーIN鎌倉」千葉の某博物館に行くため&東京在住の友人に会うため、東京方面まで旅に出て来ました。金曜の夜に夜行バスで出発し、土曜の朝、東京駅にて友人と会い博物館へ。神社などの特別展で、図らずも厳島神社コーナーもあったり…妄想モード発動(笑)夜行バス明けの脳は危険がいっぱい。夕方には、前回(学会による上京)に行けなかった東京タワーに行きました。カップルばかり…某映画の影響かしら?そしてその夜は、友人宅でお泊り☆翌日、二人とも、前日の疲れからか、起きたのは9時…あれ?朝食後、一路、鎌倉へ!鶴岡八幡に行ったらお渡りしてるし、舞殿は工事中だし…なんだかな…「この角度なのに~!」とカメラ片手で、工事中の囲いに文句言う私に困る友。ごめんよ、こんなオタク娘が友人で。そのあと、江ノ電乗って極楽寺へ。我が儘聞いてくれた友よ、ありがとう。…そう極楽寺駅の丸いポストに会いたかったのですよ。「この角度だわ~☆」と暴走始めた私を適度に放置する友よ、すまない。この駅の第二の目的は、当然、極楽寺。ゲーム内で、季節外れで弁慶さんと一緒に見れなかった桜が残っていてウハウハ。その後切り通しに向かい、「あぁ…ここを弁慶さんと二人で海まで歩いたの?」みたいな(苦笑)切り通しの上の成就院の階段、頂上からの眺めはステキでした。両側の紫陽花に、ちょっと色々想ってみたり☆こっちは通らなかったの?と妄想モード発動(笑)そして辿り着く「星の井(星月夜の井)」。あらま、着いちゃった。ひと駅戻って長谷へ。奈良県民としては会っておかなきゃ鎌倉大仏。長谷観音にもギリギリセーフで会えました。門前の土産屋、刀剣があって面白そうでした。将臣くんとひやかしたのは、この辺の店かしら?みたいな(笑)本当は、江ノ島まで行きたかったけど、時間なかったので諦めました。佐助稲荷や円覚寺、報国寺、源氏山公園や七里ケ浜…などなど行きたい遙かスポットはまだまだありますが、またの機会までお預けですね…ジオログの方へ、写真を何枚かアップしました。良かったら見てくださいね。ちなみに、民俗ページにも一枚載せてます。
民具のこと ◇過去日記ダイジェスト◇ 2006年02月28日 先日、関民連と紀伊風土記の丘が主催で「実験民具学講座」が行われました。竃で、鉄釜でご飯を炊いて食べたり、私は時間の都合で参加できなかったのですが千歯扱きや唐箕を使ったり…いつもは触ったり整理したりすることしかない「民具」を実際に使いました。「民具」というと……「昔の道具」というイメージが強いですが、よく考えてみたら、日常生活の中で普通に使っていた(使っている)物なんですよね。今、こうやって文字を打っているパソコンと同じで…私は、「民具」だからといって特別なものと思えません。民具整理のアルバイトをしているときに、ラジオや電話、ミシンなどといった昭和の一なら普通に使っていただろう道具に出会って、更にそういう感覚が強まりました。使わなくなった物は民具。使っている物は道具。大まかに分けたら、こうなるんでしょうか?微妙な違いですね。そんな風に考えると、粗大ごみの日、ごみ置き場に積まれている物も、運命が違えば民具として収蔵庫に入っていたんだろうな…となんだか感傷的になってしまいます。……って、別に、そういうことを言いたいがために、これを書いてるわけではないのでした。話の軌道を修正します。千歯扱きや唐箕などといった農具は、私の育った場所が場所なだけに、接する機会はありません。使い方だって、歴史の教科書なんかに載っている絵で何となくの想像をしているだけですし。けれど、今では資料館にあるような五つ玉の算盤は祖父が仕事で使ってましたし、棒に目盛りがついていて錘を動かして量る棹秤は祖母が漬物の塩を量るのに使っていました。正月用の黒豆やオヤツのカキモチは七輪で焼いていました。でも、家に竃や囲炉裏があったわけでもないですし、井戸はあったけど水を汲んでいたわけではありません。民俗学をやっているのに、民具を触っているのに…それがどういうものなのか、どうやって使うのか、何も知らずに話を聞いたり、台帳に記入したりするのです。それは、ずっと疑問でした。こんなんじゃ何の意味もない…とは思っていました。といっても、どうしたらいいのかも分からなかったのですが…そんな風に葛藤というか焦燥を抱いて、細々と研究活動(?)を続けている中、今回の「実験民具学講座」が開催されました。夕方から別の用事があったのですが、「なんとかなる!」と参加することにしました。参加して、本当に良かったと思います。古民家の土間で、竃に火を入れ、釜でご飯を炊くという経験は、かなり有意義でした。抱いていた疑問への、解決の糸口になりました。少しずつ、少しづつ、知っていこうと思います。またこのような機会があれば参加したい…と思います。本当の意味で知っていなければ、どれだけ聞き取りしても本当の意味での調査にならないのだと、改めて思いました。そういえば、祭の調査先で、時折、準備の手伝いをする機会もありますが、それも、同じですよね。…鉈で竹を削るのは結構、大変です(苦笑)これからは、積極的に、祭のお手伝いもしたいと思いますね。
節分そして立春 ◇過去日記ダイジェスト◇ 2006年02月02日 明日は節分ですね。節分は、立春の前日です。そう、明後日からは、暦の上では春なのです。「春は 名のみの 風の 寒さや」(♪早春賦)という歌もありますが、やはり、まだ気候は冬なんですよね。寒い寒い…ところで、節分といえば追儺や豆撒き、寿司の丸かぶりなど、いろいろな行事がありますね。寿司の丸かぶりは、関西(特に大阪)発のものですが…そういや、バイトしてた頃、強制ではなかったですが巻き寿司買わされました。TVや何やで節分行事の特集してるので、あえて、ちょっと外れたことを記事にしてみようと思います。研究を途中で止めているネタに、節分についての面白い記述がありました。滑稽本の中のセリフなのですが、とある有名寺院内の小さな神社が、当時(天保時代)には、周囲を柊で囲まれていたようなのですが…それを見て、「節分の夜には、ここにくればいいよ」「どうしてだい?」「柊の木があるから、ここには鬼が入ってこないから」というような会話をするのです。読んでて、面白いなぁと思いました。だからどうした?といわれそうですが、柊の枝に鰯の頭を刺して門口に差す習俗がありますが、柊の葉のトゲトゲが鬼の目を突き、鰯の臭いで鬼が逃げるからだそうな…その滑稽本が書かれた時にも、庶民の間でそういう習俗が生きていたことを実感させられました。まあ、このネタをどう料理できるかどうか…それが悩みどころなのですがね…
久々の十六夜記プレイ日記☆ ゲーム日誌 2006年02月01日 ようやく、景時さんと将臣くん、そして知盛のEDを迎えられました。これで後は、先生と九郎さんを残すばかり・・・将臣くんのルートって、春の京で弁慶さんが福原に行っちゃうので、どうも敬遠してしまってました(苦笑)。でも、プロモ映像のちっちゃい将臣くんと望美ちゃんのスチルが見たくて(←オイ!)頑張っちゃいましたよ。可愛かったなぁ・・・ちっちゃい望美ちゃん☆「ちゃん」付けで呼んでくれる譲くんも新鮮でした。将臣君と学校生活に戻れたことも嬉しかったけど、清盛を救うことができたのが、何より嬉しかったですね。そして景時さん。平泉ルートに進んでも、必ず銀の話に進んでいくので、以前、蜜月が満ちていたはずなのに景時さんルートにならないというループ状態を何とか抜け出して・・・本当に「やっと」という感じでした。心から、「おかえり」って思いましたね。ただ、このルートってば、泰衡さんがっ・・・で、知盛です。ほんとにいろいろ試しましたね~この人は。何度、戦って、何度死を見てきたことか・・・終章でスチル見れた時には、泣きそうになりました。EDスチルですが・・・いいんですかね?アレ。妄想広がりまくりデス(苦笑)寝る前だったし、ED見たの。3月23日までに、一通りクリアしてから、心置きなく「運命の迷宮」がやりたいですね。